オーストラリアの都市

ACT     キャンベラ

ACTの概要 
面積: 2,358k㎡
人口: 320,000人
邦人人口:       487人
州都:  キャンベラ(Canberra)
州都の人口:   320,000人

オーストラリア首都特別地域(ACT)について
ACTは、オーストラリアの首都であるキャンペラを配する首都特別地域(Australian Capital Territory)の略称です。キャンベラが首都として決定される以前はメルボルンが断定的な首都として永年オーストラリア連邦政府内で機能していました。その後、経済的発展の進んだシドニーとの間で新首都決定の激しい綱引きが行われ、折衷案として首都機能だけを集約させた地域として1911年にキャンベラが建設されたと言う面白い経緯があります。
幹線道路から街の中心部を抜けると人造湖が広がり、対岸にある国会議事堂などの主要施設にアクセスできるのは人造湖に掛かる2本の橋だけと言う地理的な防衛機能も備わっており近年の都市開発モデルとしても有名です。
設計したのはバーレー・グリフィン(Burley Griffin)という建築家で、彼の名を付けた人造湖を中心に建設され、1989年に自治地域(それまでは連邦政府の直轄地域)になりました。キャンベラの公共施設には国立図書館、国立美術館、オーストラリア戦争記念館、オーストラリア国立大学などが含まれています。

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キャンベラ1 キャンベラ2

NSW     シドニー

NSW州の概要 
面積: 800,642k㎡
人口: 6,640,000人
邦人人口: 19767人
州都: シドニー(Sydney)
州都の人口: 4,170,000人

ニューサウスウェールズの州について
ニューサウスウェールズ州はオーストラリアで最初に入植が開始された地域で、最も古くから開発が行われて来ました。州の名はイギリスのジェームス・クック海軍大尉(後のCaptain Cook)が1770年の探検航海後にイギリスの地名であるSouth Wales、または同じくイギリスのSouthern HemisphereにあるNew Walesの地名にちなんで命名されたとされています。その後19世紀半ばのゴールドラッシュによって人口が現在のビクトリア州やクィーンズランド州などへ移動した事により各州に分割されるまで、永らくオーストラリア大陸東海岸全域をニューサウスウェールズ州と呼ばれていました。
現在でもニューサウスウェールズ州はオーストラリア全体の産業のシェアー1/3を占める最大の州です。オーストラリア国内の総人口の1/3がニューサウスウェールズ州で生活していると言われています。

シドニーについて
ニューサウスウェールズ州の州都シドニーはオーストラリア最大の都市であり、アメリカのサンフランシスコ港、ブラジルのリオデジャネイロ港と共にシドニー港は世界三大美港として有名です。その他にもクリケット競技場、ハーバーブリッジ、ゲイ・レズビアン・マルディグラ(毎年開かれる同性愛者のカーニバル)など観光名所や名物が随所に見られます。また、2000年のシドニーオリンピックの開催や2007年にはオペラハウスが世界遺産に登録されるなど国際的知名度も高く、ハリウッド映画のロケ地として数多くの作品にシドニーの街が選ばれました。

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シドニー

VIC     メルボルン

VIC州の概要
面積: 227,416k㎡
人口: 4,870,000
邦人人口: 7938人
州都: メルボルン(Melbourne)
州都の人口: 3,520,000人

ヴィクトリア州について
ヴィクトリア州は、涼しくて緑に恵まれた気候が特徴でGarden Stateと親しみをこめて呼ばれています。州内には450以上もの公園があり市民の憩いと安らぎの場として利用されています。
1851年にニューサウスウェールズ州から分離した際の統治者だったヴィクトリア女王から名付けられました。オーストラリア本土の中では最も狭い面積の州ですが人口は第二位を誇ります。ゴールドラッシュで豊富に潤った商工業での経済基盤を背景にキャンベラへ首都機能が移転されるまで間オーストラリアの首都としての君臨していました。

メルボルンについて
ヴィクトリア州の州都メルボルンはオーストラリア第二位の都市です。近代化が進む巨大都市シドニーに対して、ヴィクトリア女王時代の遺構が随所にある歴史的・文化的に成熟した街としてお洒落で気品に溢れた雰囲気を楽しむ事ができます。また、2002年と2004年の2度、The Economist誌の「世界で最も暮らしやすい都市」で1位を獲得するなど、生活面での充実度にも定評があります。
メルボルンの街を網の目のように巡る路面電車(トラム)が走る事が有名で市民の足として利用されています。
スポーツ・文化・芸術などの振興活動に力を入れる文教地域で、国際的な興行イベントが数多く開催される事でも知られています。1956年にはオーストラリアでは初めてのオリンピックがメルボルンで開催され、2006年にはコモンウエルスゲームズ、2007年には世界水泳選手権が開催されました。その他にも全豪オープンテニス、F1グランプリ、メルボルンカップ(競馬)と言った世界的認知度の高いイベントも毎年メルボルンで開催されています。
落ち着きのある洗練された街並みを誇るメルボルンでは、ちょっと路地に入るとお洒落なカフェやブティックなどの店が並び、小粋なワインバーや隠れ家的なレストランなどを発見する事ができます。陽気な日には公園を散策してベンチに腰を掛けて読書を楽しむ等と言ったゆっくりと時間が流れる大人の愉しみ方が実感できる街です。

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メルボルン1 メルボルン2

QLD     ブリズベン

QLD州の概要 
面積: 1,730,648k㎡(オーストラリアで2番目に大きい・日本の約5倍)
人口: 3,710,000
邦人人口: 7562人
州都: ブリスベン(Brisbane)
州都の人口: 1,690,000人

クイーンズランド州について
クィーンズランド州は通称サンシャイン ステートと呼ばれ太陽の光が降り注ぐ陽気で開放的な雰囲気はまさにオーストラリアのイメージそのものです。面積はオーストラリア北東部一帯を占めており海岸線にはグレートバリアリーフの珊瑚礁が広がっています。オーストラリア第二の面積を誇り、人口はニュー サウスウェールズ州、ヴィクトリア州に次いで第三位です。州内の人口は各地に分散し、州都ブリスベンの他にオーストラリア最大の観光保養都市であるゴールドコーストや日本から最も近い玄関口であるケアンズなどがあります。
古くから鉱業や農牧業などで発展して来ましたが、近年での観光分野の発展によって一躍オーストラリアの基幹産業を支える代表的な役割を担う事になりました。
最近では特に人口増加が著しく、海外移民の増加ばかりではなくオーストラリア国内からの人口流入も増加傾向にあります。それに伴ってクィーンズランド州内の各都市での発展も加速し、まさに成長の真っ只中にある州と言えます。
クィーンズランド」という州名は、1859年にニュー サウスウェールズから分離した当時の統治君主であるクイーン・ヴィクトリアから名付けられました。

ブリスベンについて
クィーンズランド州の州都ブリスベンは、オーストラリア国内で最も急速に発展を遂げている都市として知られており、ブリスベン川に囲まれたビジネス街を中心に北はサンシャインコースト、南はゴールドコーストへのアクセスが可能です。クィーンズランド州の行政機関や教育施設などが集約されており、クィーンズランドの心臓部とも言われています。1988年には国際レジャー博覧会(ブリスベン万博)を開催し国際的な認知度を高める役割を担いました。ブリスベン万博はブリスベン川の対岸のサウスバンクで開催され、万博跡地は現在では大学やTAFEと言った教育施設やアートセンター・国際展示会会場として活用されています。ブリスベン川周辺には新名所が続々と誕生しており、日々成長を続ける街の雰囲気を実感する事ができるでしょう。

ゴールドコーストについて
ゴールドコーストは、55Kmに渡る美しい海岸線と数多くのアクティビティーが楽しめる保養地域として世界中からの観光客が押し寄せるオーストラリア随一の観光名所です。日本人観光客の需要も多く、旅行客を対象とした様々なサービス業が盛んです。「思いっきり勉強して、そして思いっきり遊びたい。」そんな欲張りな欲望を満たさせてくれる街です。

ケアンズについて
日本から最も近い玄関口として、そしてダイビングのメッカとして多くの日本人が訪問する街です。グレートバリアリーフや世界遺産の熱帯雨林など見所が盛りたくさんで世界有数の観光地として知られています。現在では都市開発も進んできており、生活しやすい環境が整えられてきています。

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ブリズベン ゴールドコースト

WA     パース

WA州の概要 
面積: 2,529,875k㎡(日本の7倍)
人口: 1,930,000人
邦人人口: 2673人
州都: パース(Perth)
州都の人口: 1,410,000人

西オーストラリア州について
西オーストラリア州はオーストラリア全土の3分の1を占めるオーストラリアで一番大きな州です。東北はノーザンテリトリー、東南には南オーストラリア州に接しており、西はインド洋に面する海岸線が続きます。人口は200万人足らずですが、そのうちの7割の人が州都パースで生活しています。世界的に需要のある埋蔵鉱脈が豊富で、世界のアルミ・鉄鋼産業の主要な鉱石供給元になっています。他にも、ニッケル、チタン、希土類、金、ダイヤモンドなどの鉱産物の供給も行っています。さらに、北西海岸沖に大規模な天然ガス油田が開発された事により西オーストラリア州は北アジアへの液化石油ガスの主要な輸出地になりました。
観光地の目玉としては、ジュゴン・ジンベイザメ・ウミガメ・イルカなどの群生地として有名なシャーク湾、そして2千万年以上もの昔から形成された奇岩郡のバーヌルル国立公園が自然遺産として登録されています。

パースについて
パースは西オーストラリア州の州都として発展し、旅行評論家の兼高かおる氏に「世界で最も美しい街」と評される程に美観が整っている街として有名です。パースの中心部はスワン川沿いに形成されたパース湖の北岸に位置しており、総督官邸を中心に広がるビジネス街と大小の小売店が軒を連ねるショッピングモールを中心に発展している商店街、そして図書館、美術館、博物館などが集まる文教施設の3つに区別されています。

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パース1 パース2

SA     アデレード

SA州の概要 
面積: 983,482k㎡(日本の約3倍)
人口: 1,520,000人
邦人人口: 806人
州都: アデレード(Adelaide)
州都の人口: 1,110,000人

南オーストラリア州について
南オーストラリア州は1831年に南オーストラリア会社の設立に伴う自由移民の入植から始まり、流刑地として開発が開始された他州とは違う経緯がありました。四方を他州(北はノーザンテリトリー準州、西は西オーストラリア州、東にはヴィクトリア州とニューサウスウェールズ州)に接しています。州都はアデレードで人口の大半が集中しています。
郊外にあるバロッサバレーはドイツ系入植者によって開拓が進み、彼らが持ち込んだブドウの植林により広大なワイナリーが建設され、現在ではオーストラリアを代表するワイナリーとして知られています。
南オーストラリア州北部にはロケット打ち上げ試験場があり宇宙開発の拠点であり、日本人初の科学宇宙飛行士の毛利衛氏が南オーストラリア州のフリンダース大学を卒業して居る事もよく知られています。

アデレードについて
アデレードの名前の由来は、19世紀のイギリス国王ウィリアム4世の王妃アデレードにちなんでいると言われていますが、一説ではドイツ語で"貴婦人"を意味する言葉に由来しているとも言われています。自由移民の入植者によって計画都市として設計されており、将来の街の発展を見越した大きな道路や公園が設計の初期段階から造られており、現在でも初期の建築物などの遺構が多く残っているのが特徴です。

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アデレード

TAS     ホバート

TAS州の概要 
面積: 68,401k㎡ (ほぼ北海道と同じ大きさ)
人口: 470,000人
邦人人口: 239人
州都: ホバート(Hobart)
州都の人口: 200,000人

タスマニア州について
タスマニア州の名前は1642年にオランダ人航海士エイベル・ジャンスン・タスマンが到着した事より由来され、1803年よりシドニーからの流刑移民により南東部のポートアーサーと西海岸のマッカリー ハーバーが開拓されました。
その後、農業・林業・鉱業・漁業などが発展し、捕鯨基地として発展した名残が州都ホバートにあるサラマンカ・プレイスの倉庫群として今に残ります。
豊富な自然環境と植民地時代の遺構などを組み合わせた観光が人気を誇っており、日本では映画「タスマニア物語」で一躍有名になりました。その他にも「魔女の宅急便」で主人公が生活していた家のモデルがRossにあるパン屋がモデルである事はよく知られており、今でも多くの日本人観光客が訪れる人気観光名所になっています。
近年では、タスマニア出身のメアリー・ドナルドソンがデンマーク皇太子と結婚した事で再びタスマニア州に注目されました。

ホバートについて
ホバートは、シドニーに次いで2番目に古いオーストラリアの街であり、南太平洋の捕鯨やアザラシ貿易、造船業の中心地として発展してきました。古い漁港としての歴史と自然の景観に恵まれており、豊富な海産物を使ったシーフードが堪能できるのも楽しみの一つです。

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タズマニア

NT     ダーウィン

NT準州の概要 
面積: 1,349,129k㎡
人口: 110,000人
邦人人口: 77人
州都: ダーウィン(Darwin)
州都の人口: 110,000人

北部準州について
オーストラリアの中心部から北端にかけて広大な面積を持つ北部準州は、1931年に経緯線に沿って、西は西オーストラリア州との境(統計129度)、東はクィーンズランド州との境(東経138度)、そして南は南オーストラリア州の境(南緯29度)を区切りに境界が決められました。北部準州には、州都ダーウィンや中央オーストラリアの都市アリス・スプリングスがあり、世界遺産でも有名なエアーズロック(ウルル)はオーストラリアを代表する観光名所であり、先住民アボリジニの聖地としてもよく知られています。

ダーウィン
1839年にビーグル号の船団によって発見された良港がダーウィンで、ビーグル号の船団に随行していた自然学者チャールズ・ダーウィンに因んで名付けられました。北部準州の中では最大の都市で第二次世界大戦の際には旧日本軍からの空襲を受けました。オーストラリアと日本との歴史上で重要な事件として語られています。
アジアに最も近いオーストラリアの都市である事から交易基地としての発展や、近年発掘が開始されたティモール海沖での石油開発などに伴って徐々に街の規模が拡大しています。

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ダーウィン

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